EBMについて|前田内科医院|上尾市

EBM(科学的根拠に根差した医療)について

EBMという言葉があります。evidence based medicine(科学的根拠を基にした医学)の略号です。既に1990年代から使われている言葉ですが、私がこの言葉を実感したのは1996年にアメリカ内科学会(ACP)に入会した頃からでした。

EBMを実感する大きな衝撃はビタミンAに関するものでした。以前はビタミン崇拝と言っても過言ではない程ビタミン剤が万能薬のように思われていた時代があり、特に抗酸化作用のあるビタミンはがんの予防にもなるのではないかとする説もありました。ところが、その抗酸化作用のあるビタミンAの前駆物質であるβカロテンを使った臨床試験で、複数の喫煙者にβカロテンまたはβカロテンの入っていない偽薬を服用してもらったところ、がんが減ると思われていたβカロテンを服用したグループに肺がんの発生が多くなることが分かったのです。

「喫煙者がビタミンAの誘導体βカロテンを服用すると肺がんになりやすくなる(肺がんになる確率が増す)」という結論は衝撃的でした。それまで良いとされていたものが逆に体に良くないことが証明されてしまったのですから。

一般に薬を処方する医師の側も内服する患者さんの側も本当にその薬が効果があるものなのかどうかを実感することは困難です。例えば風邪の時に抗生物質が出されたとします。3日後に症状が楽になったから「抗生物質が効いた」と言えるでしょうか?答えはノーです。風邪の症状は自然の経過でも3日くらいの経過で治ってしまうことがあるからです。
本当にある薬が効くのか、効かないのかを科学的に判定しようとすれば、同じ条件の人を大勢集めて、二つのグループに分けて一方にはその薬を、もう一方にはその薬の入っていない偽薬を飲んでもらい一定の期間観察して最終的にどちらのグループに薬の効果が多く現れていたか統計をとって調べるという手順が必要です。こういう方法を大規模臨床試験と言います。

エビデンスのレベル

EBMの考え方では科学的根拠(エビデンス)にもレベルに違いがあり、もっともレベルが高いとされているのは上に述べたような手法で調べた大規模臨床試験*や、複数の臨床試験を集めて解析するメタアナリシスやシステマティック・レビューなどとされています。

[*臨床試験でも特に二群に分ける場合のランダムに分ける方法(ランダム化)が大切で、さらに処方医も被験者もその薬が実薬なのか偽薬なのか、分からない状態で行う「二重盲検」試験が理想的です。]

その次にレベルの高いエビデンスはランダム化されていない臨床試験、さらに次のレベルのものにはコホート研究(特定の要因に曝露した集団とそうでない集団を一定期間追跡して行う研究)や症例対照研究(疾病にり患した集団を対象に曝露要因を観察調査し、その疾病にり患していない対照の集団について同様に曝露要因を調査して要因と疾病の関連を明らかにする方法)等々・・・と続き、エビデンスの中でレベルの一番低いものは「専門家個人の意見」とされています。

私たちEBMを重視する医師はこれらのエビデンスのレベルを検討しながら日々の診療に生かしています。

アメリカ内科学会(ACP)に入会して感じた事

私がアメリカ内科学会(ACP)に入会出来た1990年代半ばの頃は日本ではEBMという言葉は知られていましたが、まだEBMが日本に根付いていない頃でした。入会してアメリカの学会年次総会に出てまず驚いたのはEBMの普及度です。講義で聴かされる話も全てがと言っても過言ではないくらいEBMの考えが貫かれており、薬による治療だけでなく、がん検診の有効性評価やサプリメントなどを使う代替医療(日本でも最近はよく新聞・テレビのコマーシャルでお目にかかるグルコサミンなどもこう呼ばれます)の評価などもEBMで評価するのが普通になっていました。その時点ではEBMに関しては日本より10年くらい進んでいると感じたものです。当時アメリカの医学生は既にEBMに基づいた教育を受けており、若い医師もEBMに基づいた考え方をしていました。

最近は日本でもやっとEBMが普及してきた感がありますが、まだまだ有効性が実証されていないがん検診が行われていたり、高血圧の薬の臨床試験で不正が行われたりしてEBMの優等生とまでは言えないのが現状のようです。

がん検診の有効性

がん検診の有効性についてもEBMの手法で見極める事が出来ます。がん検診が有効なものか、そうでないかを見極めるには「がんの死亡率」が大事な指標になります。日本では「早期発見・早期治療」をモットーにがん検診が推し進められてきたため(その考え自体は間違っていないのですが)、ややもすると早期発見さえできればよい、と誤解を生む原因にもなっていました。

がんにも早期発見が有効ながんとそうでもないがんとがあります。がんが発見できても死亡率が減らなければがんを発見するメリットはないばかりか、逆にがんに対する心理的恐怖感や治療による副作用の点でデメリットにもなり得ます。死亡率を直接検討するには上述したランダム化臨床試験(無作為化比較対照試験)で検診を受けた群とそうでない群とを追跡して比較するのが王道ですが、既に広く実施されている多くの検診ではこのような試験は行いにくいのが実情です。そのような場合は他の様々な手法(症例対照研究や間接的な臨床研究)を使って死亡率を検討する試みが行われます。

がん検診の有効性の詳細については「がん検診の有効性について」をご覧ください。

各学会の治療ガイドライン

欧米では10年以上前からエビデンスを基にした治療ガイドラインが各学会から出されています。原則としてそのガイドラインが作られた基になったエビデンスを示す元文献も示され、医師がエビデンスを確かめられるガイドラインが良いガイドラインの条件と言われています。

日本でも昨今は各学会がガイドラインを出し、診療の助けになっています。しかし一方でまだ日本では残念ながらガイドラインに基になったエビデンスの記載がなかったり、エビデンスのレベルの低いガイドラインも稀に存在します。

一般に治療ガイドラインはある疾患を放置した場合に別の病態を起こす割合がどのくらいあるか、またそのために死亡する割合がどのくらいあるか、治療した場合はどうか、などのエビデンスを基に決められます。したがって信頼のおけるガイドラインはEBMに則った治療を簡便に行う一つの助けになります。

◎話題が少し逸れますが、2014年春先に人間ドック学会が健診基準値の変更を発表しました。この数値を巡って、マスコミが大げさに報道したため、多くの方に誤解が生じてしまったようです。あの基準はあくまでも「人間ドック」の基準であって、私たちが日々診療する時に目安にする数値ではありません。(別項『「人間ドック」新基準にまつわる誤解』をご覧ください)

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